はじめに
こんにちは、ポン太です!
急に寒くなってきて、冬が近づいてきた感じがしますね。
今回の記事では少し今までの記事とは違って、
僕が10代で経験したこと―
誰にも言えなかったこと、言葉にするのも怖かったこと
そしてそこに小さな光が差した瞬間
のことを書いていこうと思います。
いじめも、うつ病も、強迫性障害も、拒食症も。
言葉にすると一瞬だけど、そこにある“しんどさ” は、誰にも簡単には分からない。
そして、分かってもらえない苦しさが、さらに心を削っていく。
正直、当時の僕もそうでした。
「頑張れ」と言う言葉は刃物のように尖っていて、
「大丈夫だよ」と言う言葉には無責任さを感じる。
光なんて見えなくて、明日を想像するだけでもしんどい日もたくさんあった。
だからこの記事では、”綺麗事”を書くつもりはありません。
しんどい時に“前向きになれない自分”を責めなくていいことも、
立ち上がれない日が続いても、それが失敗じゃないことも、僕は身をもって知っています。
これまで僕は、ダイエットの記事を12本書いてきました。
だけど、その裏には「あの頃の自分と同じ場所にいる誰かが、ほんの少しでも呼吸
しやすくなるように」そんな願いがあります。
今は“分かってるよ“って言葉が1番ムカつくよね。でもあえて言わせてね。
「君のつらさも気持ちも分かってる」
そんな気持ちをそっと込めながら、あなたに向けて書きました。
どうか、ほんの少しだけでいい。
心を休めながら読んでくれたら嬉しいです
中学時代:「潔癖の始まり」と「将来への異常な不安」
13歳から15歳の中学生の頃に潔癖症になりだした。
なぜ急にそうなったのかは分からないけど今まで気にもしていなかった
鳥のフンがめちゃくちゃ汚いと感じたことをよく覚えている。
でもこの頃はまだ手を洗えば大丈夫で、そこまでひどくは無かった。
他には、この頃はとにかく将来への不安がすごくあった。
この頃の僕の将来への不安とは、
高校受験や大学受験、さらには就職についてが主だった。
ではなんでこんな不安があったかについてだが、当時の世間の風潮が
“就職するには大学卒業が必須’という考え方が強くあったと思う。(個人の感想)
そういった風潮の中で、就職するには大学へ行く→大学へ行くには高校へ行く
という頭の回路になり、高校へ行くためには中学時代をしっかり過ごさないといけない
という考え方になった訳。
そしてその高校受験のためには中学のテストや内申点がとても大事だった。
テストに対する不安ももちろんあったが、特に内申点には特別の不安があった。
なぜならテストは自分さえ勉強していればなんとかなる個人プレーだが、
内申点は先生が決める為、個人でできる事には限界がある。
つまり当時の僕は
“先生に嫌われないように気をつけよう”という気持ちがめちゃくちゃ強かった。
そんな中でもなんとか高校受験には合格する事ができた。
高校1年:いじめ、眠れない夜、消えていく食欲
16歳の高校1年生。部活内でいじめを受けた。
いじめられた原因は、あまり思い出したくなかったから不確かではあるけど、
とにかく他の人より運動(足が遅い、体力がない)ができない事だったと思う。
何をしても1番びりっけつ。
運動が出来ない=サボってると相手は感じたのかな?
この頃から夜が眠れなくなっていた。無意識ではあったが食欲も極端に落ちていたらしい。
(家族から聞いた話)
夜眠れないせいで授業中はほとんど寝ていた記憶がある。先生にも何度も怒られたし
クラス内でもだんだん浮いた存在になって、馴染めず居場所がなくなった。
お昼ご飯は1人で中庭で食べていた。真冬の中でも寒さに耐えて食べていた。
温かいお味噌汁を飲んで涙が止まらなくなった事を覚えてる。
そして部活の時間が近くなるにつれて、胸を鷲掴みにされてるように苦しくなってくる。
部活中は地獄だった。ただでさえ他の人より運動が出来ない中、
眠れない、食べれない状態の体で運動をする。
当然他の人より遅れをとる。
またいじめられる。
負のスパイラルに入った。
朝になり学生服を着ると吐き気が止まらなくなり嘔吐。とうとう学校へも行けなくなった。
そして崩壊──診断された3つの病名
学校へ行けなくなり、僕は大うつ病性障害、強迫性障害、拒食症と診断された。
眠れない、食べることが出来ない。
これがずっと続いて、家族とすらまともに話せない日々が続いた。
とにかく暗い部屋で1人でいる事が多かった。
自分の好きだったことすら興味がなくなった。
世界から“色が消えた”日々
生きてる事が辛いとかをよく耳にするけど、当時の僕は
そんな感情すらも無いただ虚無(色がない、聞こえない、匂いがない、味がしない)
な状態だった。ベッドに座ったまま動かない。
家の外に出るのは1ヶ月に1回の精神科病院への通院。家の外に出ると苦しくて
太陽の光がただただ痛かったのを覚えてる。どんなに空が晴れていてもずっと
曇って見えていた。とにかく暗闇よりもさらに深い底にいるような感覚。
“死にたい”ではなくて“消えたい”の方があってるかもしれない。
詳しく言うと”死にたい”は僕が死んでも誰かの記憶の中には残る。
ただ”消えたい”は誰の記憶の中からも僕が存在していたという事実をなくすこと。
小さな天使と出会って世界が変わった
こんな状態の僕が数ヶ月ぶりに自分から家族に言った一言が
“わんちゃんが欲しい”だった。
何かを見たわけでも聞いたわけでもない(スマホを持っていたが何ヶ月も開いていない)
のにその一言がでた。多分意識もしていない領域で誰かに助けを求めたんだと思う。
今思い返せば無茶な事を言った。わんちゃんは動物で1つの大切な命。
こんな状態の僕がお世話できる訳がないのに…
でも家族はそんな無茶なお願いを全力で聞いてくれた。
そして小さな天使が我が家に来てくれた。
天使が来てからの日々は今まで白黒だった世界に色がついたかのような日々に変わった。
僕の心の暗闇の中で1つの光が灯った感覚は今でも忘れない。
家族みんながとても明るくなり、会話が絶えなくなった。
今になって思うと、この子が来てくれてなかったら間違いなく僕はもうこの世にはおらず、
家族を悲しませていたと断言できる。
これが愛犬との奇跡的な出会い。
それでも続く強迫と拒食の悪化
天使ちゃんが来て光を灯してくれたおかげで、僕も少しずつだけど生気が戻った気がした。
でも強迫性障害、拒食症の症状は治らず、むしろ全体的に酷くなっていた。
潔癖の症状も細菌や虫が怖くて、何度も手を洗い、何度も風呂に入る。
家の中のドアノブや手すりですら触れなくなり、
空気に触れることが汚いと感じるようになった為、家の中でも手袋、ニット帽でフル装備。
自分の部屋から出てこれなくなった。部屋から出るのはトイレと風呂に入る時だけ。
戸締りやガス栓の確認は何度も何度もやった。それも自分が決めた手順通りにできなかったら
最初からやり直し。できたら呪文を唱えるように、やった行為を復唱。
復唱の途中に噛んだら、また戸締りやガス栓の確認からやり直し。
こんな事を永遠とやっていた。
後は誰かに危害を加えたかもしれないと考え、警察が自分のところへ来ることを怖がっていた。
外からパトカーのサイレンが聞こえると恐怖で震えが止まらなかった。
それに加えてこの頃は、食べることも飲むこともできない状態が1ヶ月くらい続いた。
そして、ついに限界がきて倒れてしまい入院することになった。
今日はここまで読んでくれて、本当にありがとう😊
たぶん今、心がしんどいまま読んでくれた人もいると思う。
読みながら昔のことを思い出して、少し胸が痛んだ人もいるかもしれない。
無理せずここで一度休憩しよう!あなたのペースでいい。
僕の物語はまだ続くけど
ここから先は、あの日々の続きと、そこに少しずつ差し込んできた“光”の話があるよ。
でもその話は、また次の記事でゆっくり語らせてもらうね。
あなたの心のリズムを大切にしたいから。
もしまた読んでもらえたら嬉しいな。あなたのペースで会いに来てね。


